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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)169号 判決

主文

本件上告は之を棄却する

理由

被告人の辯護人佐久間渡上告趣意書第一點は原判決ハ證據ヲ不當ニ解釋シタル結果虚無ノ證據ニ基キ事実ヲ認定シタル違法アリト信ス原判決ハ其ノ事実理由ニ於テ前略--被告人モ激昂シ日頃ノ忿懣カ一時ニ爆発シムシロ此ノ際同人ヲ殺害シテ後日ノ患ヲ斷トウト決意シ近クニアリアハセタ長サ約二尺五寸太サ一握リ大ノ樫ノ棒(昭和二十一年領第一二四號ノ一)ヲ取り來ッテ前方ヨリ同人ノ腦天ヲ目掛ケテ數回打下シ--云々ト判示シ證據トシテ被告人ニ對スル豫審第二回訊問調書ヲ援用シテ被告人カ殺意ヲ起シタル時期ヲ認定シタリト雖モ同訊問調書中ニハ三問結局良雄ハ其方カ二度目ニ棒テ毆ツタ時ソノ爲メ直ク其場テ死ンテ了ツタ譯カ答ハイ最初ニ毆ッタ時ソレテ死ンタカト思ヒマシタカ生返ラレルト困ルト思ッテ更ニ二度目ニ毆ッタ時ハソレテ全ク死ンテ了ツタ事ハ最早間違ヒ御座イマセン六問最初其ノ棒テ何ノ辺ヲ何回位毆ツタカ答前ノ方カラ頭ノテッペンヲ二ツ三ツ叩イタト思ヒマス云々七問二度目ニ何ノ辺ヲ何回位毆ツタカ答生返ラレルト俺ガブツジヤサレチヤフカラト云ヒ乍ラ良雄ノ左ノ頚筋辺リヲ五六回叩イタ様ニ思ヒマス一三問最初良雄ヲ棒テ毆ル時既ニ殺ス氣カアッタカ答最初ノ時ハ興奮シテ思ハス「カッ」トナッテ毆ッタノテスカ二度目ニ毆ル時ハ平素ノ事モ思ヒ出サレテハッキリト殺シテ了フト云ウ氣テ遣ッタモノテアリマス尚相手ハ年令モ若イシ柔道モ心得テ居タ様テスカラ若シ生返ッタラ逆ニ自分ノ方テ殺サレテ了ヒヤシナイカトノ懸念モソレニ手傳ッタノテアリマスト記載シアリテ最初被告人カ被害者良雄ヲ打毆スル時ハ「カッ」ト興奮シテ他ヲ顧ミルノ餘裕ナカリシモノニシテ被告人カ此ノ場合良雄ヲ殺害スルカ如キ意思ヲ生スヘキ餘地アルヘキモノニアラス二度目即チ良雄カ倒レタル後ニ初メテ殺意ヲ生シタル旨ヲ陳述スルモノナルニ拘ラス原判決ハ此ノ訊問調書ヲ採テ以テ當初ヨリ被告人ハ殺意ヲ有シ良雄ヲ毆打シタリト判示シタルハ虚無ノ證據ニヨリ事実ヲ認定シタル違法アルモノニシテ破毀ヲ免カレサルモノト信スと言ふにある。

然しながら原判決の事実及び證據の説示に依れば『被告人は云々昭和二十一年八月三十一日夕刻、被告人が自宅で良雄の三女照子(當時四年)が食事の際歌を唱って居たのを戒めたことから、良雄は、これを聞き咎めて、被告人に對し口論をしかけ、そのあげく板の間の爐辺に座ってゐた被告人の両頬や頭を手で連續毆打し更にその腰を數回足蹴にした上「ぶっちゃしちもう。」とさえ放言するに至ったので、この言葉が「殺してしもう。」との意を包含するところから、被告人も遂に激昂し、隱忍して居た日頃の憤懣が一時に爆発し憤激の極、良雄を殺害しようと決意し、近くにあった長さ約二尺五寸、太さ一握り大の樫の棒(原審昭和二十一年領第一二四號の一)を取り來って、前方より同人の腦天を目掛けて數回打ち下し、同人がその場に仰向けに昏倒するや、更に右の棒を振ってその左頚部のあたりを數回強打し、こうして同人に對し左下顎骨の骨折、左下顎部の外顎動脈の離斷その他の傷害を負わさした結果、同人を即座に失血に因り死亡させて殺害したものである。』と判示し、次でその證據として『一、被告人の當公廷における良雄の受けた傷害の部位、程度並びにその死因の點を除く判示同旨の供述一、鑑定人黒須周作の作成した昭和二十一年十月十八日附鷹箸良雄の屍體に對する鑑定書中良雄の受けたる傷害の部位、程度並びにその死因の點に關する判示に符合する記載一、押收になった樫の棒一本(原審昭和二十一年領第一二四號の一)の存在を綜合して之を認めるに十分である。』と説示して居ることは原判決書自體に徴して明らかである。即ち原判決は論旨所論のやうに、被告人に對する豫審第二回訊問調書中の被告人の供述記載を證據に引用して判示事実を認定したものではない。而して上示原審公判調書(第二回調書)中の被告人の供述を査閲すれば前示原判決の判示事実は十分に之を認めることが出來る。惟ふに辯護人は第一審判決を原審(第二審)判決と誤って、之に基き本論旨を記述したものと認めざるを得ない。若し夫れ本件の場合第一審判決に對しても上告が出來るものとの解釋に基いての論旨であるとするならば違法の上告であること言ふを要しない。以上の通りであるから論旨は何れとするも理由がない。

同上告趣意第二點は原判決ハ判決ニ示スヘキ判斷ヲ遺脱シタルモノト信ス刑法第四十二條ノ規定スル處ニ依レハ罪ヲ犯シ未タ官ニ発覺セサル前自首シタルモノハ其ノ刑ヲ減輕スルコトヲ得トアリテ本件被告人ハ犯罪ヲ行フヤ官ニ発覺セラレサル以前ニ於テ鷹箸操等ヲ通シテ居村駐在巡査モ其ノ事実ヲ告ケタルモノナリ而シテ其ノ事実ハ被告人ニ對スル豫審第二回訊問調書中二一、問良雄カ死ンテカラ其方ハ怎ウ行動ヲ取ッタカ答私ハ家族ノ皆ニ向ッテ「決シテ隱シ立ヲスルンテナイ」ト云ヒ直ク警察ニ届ケテ來ル様ニト操ト和夫ノ二人ニ大沢ノ巡査駐在所ニ馳ラセマシタ云々證人鷹箸操ニ對スル豫審訊問調書中一四、問良雄カ死ンテカラ父ノ態度ハ怎ウテアッタカ答私ハ父カラ直ク大沢ノ駐在所ヘ届ケテ來イト云ハレテ家ヲ出テ警察ノ方ヲ案内シテ來テカラ又父ト一緒ニ日光警察署迄行キマシタ云々ト記載シアルニ徴シ明瞭ナリトス原審ハ此ノ事実ニ基キ刑法第四十二條ヲ適用スヘキヤ否ヤヲ判斷スヘキモノナルニ拘ラス之ヲ遺脱シタルハ違法ニシテ破毀ヲ免カレサルモノナリト信スと言ふにある。

仍って按ずるに記録に據れば被告人は本件犯行を犯し未だ官に発覺しない前にその次男鷹箸操を介し居村駐在の司法警察吏にその犯行を申告したことは所論の通りであり而して自首は必ずしも犯人躬ら之を爲すことを要せず他人を介して自己の犯罪を官に申告せしめたときにも、その効力はあるものと解すべきではあるがその自首減輕を與ふると否とは裁判所の專權に屬し從って承審官に於いて之を與ふるの必要なしとするときは假令有效な自首の事実があったとしても特に之を判示する必要はないものと解すべきである。然らば原判決が被告人が自首した事実從って所論の所謂刑法第四十二條を適用すべきや否やの判斷を判示しなかったとしても毫も違法はないので論旨は理由がない。

以上の理由により本件上告は総て理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山清一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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